親御さんに尋ねたいことがあります・・

親御さんに尋ねたいことがあります・・・

 

 

予め、”結論”を見つけて、

 

”ああすれば、こうなる”と言うような方法論ばかりを探ってませんか?

 

AI時代の到来とかコロナ禍での混乱で、

 

想定したい結論でさえ、見つけられないでいる。

 

そういう現実の中で、”混迷”してませんか?

 

 

そもそも、壮大な自然の中で一人の人間というものは、

 

限りなくし小さなもので、なるようにしか、なりません。

 

このような考え方は、決して悲観的でもなく、投げやりな考え方でもありません。

 

ごく当たり前の”自然な考え方”です。

 

 

去年、小学1年生になった子は、2年生になっても相変わらずマスクをし、

 

給食も周りと喋らず、黙々と食べている現実を知れば、

 

子供たちが可哀そう・・と思うことは当然ですが、

 

子供たちからすれば、”当然な現実”であり、それを受け入れてます。

 

このような事実を大人が可哀そう・・と思うことは

 

”大人側の勝手な感傷”じゃないですか?

 

食べるものはあるのですから、それで十分じゃないんですか・・

 

 

東北大震災では、多数の命が奪われ、疎開者も多く出し、

 

未だに、食品の安全基準の問題が残ってますし、

 

東北地方からの食料品輸入を制限している国は現在も多くあります。

 

大自然の中では、人はほとんど無力ですが、それでも何とかなってます。

 

 

 

話を元に戻しましょう・・・

 

結論を想定し、それに向かって方法論を探る・・

 

・・このような思考は、もっとも合理的だとは思いますが、

 

それによって、”幸せ”は得られるのでしょうか?

 

親御さん自身が現在”幸せ”でしょうか?

 

 

人には、子供の頃から、ああしたい、こうありたい・・という欲求があります。

 

(子供側の)このような欲求を大人側の勝手な思考で潰してませんか?

 

 

人生、100年の時代です。

 

大震災や今回のコロナ禍のように、想定できないことはいくらでも起こりえます。

 

そんな時にも、焦ったり驚かないために、

 

普段から、ある日突然、どうにもならないことが生じる・・

 

それらに対処しようもない・・なるようにしかならない。

 

ということを受け入れることだと思います。

 

 

この国には、資源はありませんが、

 

他の国にはない高度な技術やノウハウがあります。

 

文化的にはもちろん、自然が豊かなことです。

 

西洋的な「目的があって、それに向かう方法論を展開する」という思考は、

 

この国には、そぐわない様に思えてなりません。

 

 

なるようにしかならない、裏を反せば、なるようになる・・ことで、

 

この国では古来から現在に至るまで、これからの未来も、

 

十分やっていけるのではないか・・と思ってます。

 

自然も文化も人も・・豊かなのですから。