「無気力」

 現代という時代が生む「無気力

 

僕から見れば、通ってくる生徒の半数は「無気力」か、

「積極性のない」、「意欲を感じさせない」生徒です。

なぜ、そのような”事態”になっているか?を考えてみます。

 

中学生ともなれば、生徒のほとんどはスマホを持ってます。

そのスマホの画面から無限の世界を知ることが出来る。

インスタからは画像によるコミュニケーションを得られ、

YouTubeからは、あらゆる音楽、アニメなどを鑑賞することが出来る。

したがって、自分の興味のあるほとんど全てが安易に手に入る。

と同時に、”未知の世界”が失われていく。

殆どのことが”疑似体験”できる。

この疑似体験は、ゲームであれば危険は伴わないし、

現実以上の夢中になれる世界を味わうことが出来る。

 

ある生徒にとっては、”やり尽くされている感”があり、

そこに「意欲や好奇心」は生まれてこない。

本当の体験をしてないので、

疑似体験をリアルな体験と勘違いしてしまうのかもしれない。

 

ゲームにハマる生徒の多くは”現実逃避”になっている。

現実に生きるには、他人へ気遣いしなければならないし、

危険なことは絶対NGなのです。

ところが、ゲーム内であれば、”縛り”はなく、全く自由であれる。

この自由を一度味わってしまうと、リアルな現実には戻ってこれない、

というより、戻りたくない。

”引き籠りになる子供・大人”の多くは、

このゲームにハマっているケースが多い。

その意味では、”引き籠りになる子供・大人”にとってのゲームは、

縛りのない自由な世界を提供していることになり、

精神的に病む人たちの救いになっていることかもしれない。

 

いつの時代でも、「孤独」は大敵である。

独りでいれば寂しい。

だからと言って、他人と関わればややこしいし、面倒なことにもなる。

だから、子供も大人もスマホに逃げ込む。

 

無気力に見える生徒の多くは、スマホの中では意欲的なのかもしれない。

だが、現実の世界に戻って来た途端「無気力」に見える。

スマホの中で気力を使い果たしてしまうのか、

現実の中に面白さを見出せないのか、現実に生きる意味が薄くってしまうのか、

(スマホが現実にこれ以上ないほどに便利なツールになっていることもあり)

問題(無気力)の根は深い。