偏差値エリート

部活や生徒会活動もほとんどせず、”偏差値エリート”と言われる「自分のためだけに頑張って学力をつけ、一流大学へ進んだ学生」の未来には暗雲が立ち込めてます。 ”偏差値エリート”の身に付けてきたスキルは、AI(人工知能)が取って替わりそうなのです。

 

”偏差値エリート”と言われる人たちの多くに「欠けていること、もの」とは何なのか? 人間形成に最も大切な時期(思春期)に、偏差値を上げることだけに邁進し、人間関係の大切さを蔑ろにしてきた”つけ”がまわってくること・・・コニュ力、協調性などに欠ける。 AI(人工知能)は、PCに組み込まれたプログラムに過ぎません・・・たかがプログラムと言っても、人間と比較した場合、記憶力・計算力は比べ物にならない程優れてます。 膨大な量の情報をインプットし、それらに基づいてアウトプット(推論)する能力は人の能力を遥かに凌ぎます・・・この能力こそ、偏差値エリートの得意分野であり、AI(人工知能)が取って替わりそうなのです データの分析やパターン化された操作に集約される仕事なども同様でしょう。

 

乱暴な言い方ですが、教育を未来を担う人材育成機関と考えるなら、”頭だけが良い子・偏差値エリート”を育てても、何ら意味がないことになります。 頭がよく、プライドばかりが高い人間を育てているなら、そのような人は社会的には必要とされない(雇用がない)ことであり、これほど理不尽なことはありません。 

 

意志や感情、(知識ではなく)常識がある、行動のプロセスを提案し、周囲を理解し、説得力のある行動がとれることこそが、人間にしかできないことと思われます。 これらのことを促せる、培うことのできる現場こそが、今、教育に求められることであり、(子育てする両親も含めて)社会的環境をどのように整えていくのか? ・・が問われていることになります。

 

 

・・・ 大人の引きこもりについて

 

40代以上の引きこもりは、全国で70万人以上おり、若年層(10代から30代)の引きこもりは50万人程度で、40代以上の引きこもりが、若年層を上回っていることになる。 偏差値という判断基準が使われるようになったのは、現在の70歳前後の団塊の世代からで、当時から「偏差値エリート」は存在したことになります。 エリートと言われながら、社会的には適応できなかった人たちがこの「引きこもり」にどれだけの割合で含まれているのか?数字的なデータはありませんが、かなり多く存在することは”経験的に”想像できます。 すべての年代層の引きこもりに、勉強ができるだけで優秀と認められた・周囲から褒められた「偏差値エリート」を見てきたからです。

 

40代以上では、経済の高度成長期にあり、(勉強が出来る)=(社会的地位やお金が保障される)という図式があり、”偏差値全盛時代”ではあったわけです。 また、頑張れば報われることが信じられた時代でもあります。 この時代を生きた人たちの欠点は、社会的マナーが悪いこと。 

若年層では、社会的適応性の問題は当然として、(兄弟が少なかった、ひとりっ子だったこと)に起因してることでしょうか、いじめに対する免疫力がないとか・・。 ”ゆとり教育”が横行した時代です(生徒も先生も呑気にやろうや!という、間違った共通認識がまかり通った時代です)。 40代以上の人たちと比べて、マナーはよいが、志が低い人を多く見かけます。

 

少子化は(将来、働き手が不足するという意味で)深刻な問題ではありますが、その前に、全国に100万人以上いると思われる「引きこもりの人たち」をどのようにすれば再雇用できるか?ということに行政は向き合わなければなりません。 

 

「引きこもり」がなぜ存続しうるか? ですが・・・ 40代以上では、親の年金で暮らしていることが多く、70歳を超えた健康面でも不安のある親からすると、ホームヘルパー的役割をこなし、病院などの送迎まで出来るわけですから、とても心強い存在でもあります。 ただし、親がいなくなってから後に、どのようにして生計を立てていくか?を考えると、お先真っ暗な未来が待っていることも事実ですが。

 

若年層の「引きこもり」では、親が働き手として現役であり、収入もそれなりにあるわけですから、生活面には困りませんが、「経済的自立をしてない大人が」同居してるわけですし、「早く結婚でもして出て行ってほしい」と考えることは当然と思われます。