それぞれの自由

多様性が当たり前の時代であれば「それぞれの自由」というものがあって良い。

 

それぞれとは何か?

 

「現実を主体に生きる人たち」と「非現実の中で生きる場を見つける人たち」。

 

スマホ・PCはあくまでも便利なツールとして使うが、

 

主体(軸)は常に現実に置いている人たち。

 

方や、現実は人間関係などもややこしく面倒なことも多いことから、

 

”活躍の場”をスマホ・PC・ゲームの中に求めようとする人たち。

 

 

実体験に主体をおくか、疑似体験まででよしとするか・・

 

恋愛を例にとると分かりやすい・・

 

SNS、ゲーム、アニメや漫画など、疑似体験できるツールは溢れている。

 

現実に恋愛を体験することは、この上ない喜びでもあり、

 

同時に半端ないストレスも生じる。

 

「現実の喜び」を取るか、「ストレスのない疑似体験」で止めておくか。

 

最近の若い人たちを見ていると、この2極化が進んでいるように感じる。

 

リアル(現実の)な恋愛体験を持とうとしない若者が年々増えてきているように思う。

 

 

リアルな現実で生きようとしない者を見つけると、

 

多くの人たちは、非常識だとか、不健全だとか言うかもしれないが、

 

それらは多分に”大きなお世話”だと思われる。

 

「それぞれの自由」があって良いと思う。

 

現実であれ、非現実であれ、しっかりしたルールはあるのだから・・