デジタルへ浸かっている「現実」

 

 

 

日本だけが特別なのか、他に似た国もあるのかは分からないが、

 

電車に乗れば、ほとんどの人たちがスマホをのぞき込んでいる。

 

ゲームせよ、SNSにせよ、デジタルの世界へどっぷり浸かっているのだ。

 

 

 

その理由はいくつかありそうだ・・

 

居眠りをしてないなら、何もしないでぼんやりしていることが

 

時間を無駄にしていると思うからなのだろう。

 

 

SNSにハマっているのなら、

 

レスが遅れることが心配で気が気じゃない・・ということもあるのだろう。

 

現実のコミュは面倒なので避けがちなのに、

 

デジタルの世界のコミュにはしっかりハマっている・・

 

そんな自分に”違和感”はないのだろうか?

 

煩わしいことから逃げているのに、もっと煩わしいことにハマっている。

 

 

私はEUには毎年出かけているが、

 

スマホに見入っている人たちは、この国より、ずっと少ない感じがする。

 

(現実世界の)他人と関わらないことが、”安全”に生きるコツなのか?

 

 

 

 

 

より真実に近く偏りのない情報は、

 

テレビや新聞にはないことは常識となりつつある。

 

だから、若い世代はネットの中からより豊富で偏りのない情報を得ようとする。

 

 

ここで問題なのが、テレビや新聞などから、

 

与えられた情報ばかりに”踊らされた人たち”が高齢者に多いことです。

 

その人たちが大挙して選挙に行く現状を考えると、

 

この国の政治が国際社会において、

 

取り残される現状が頷けることです、残念ですが。

 

多くの老人には、情報というものは、

 

与えられるものであり、探しに行くという”習慣”が元々ない。

 

 

外に出れば分かることですが。

 

”この国の常識”が”世界の非常識”となっていることが多くある。

 

太平洋戦争の後遺症を未だに引きずっているのでしょうか、

 

”国家”と言う言葉を使うと”右翼的だ”と言われることがある。

 

国家という概念自体を否定的に考えるのは、

 

世界広しと言えども、この国だけですから・・