推薦入試と一般入試

推薦入試と一般入試の違い

 

 

個人による特性の違い・向き不向き

 

簡単に言えば、長期的記憶と短期的記憶の得手不得手に因ります。

範囲の決まった定期テストと範囲の広くなる学力テスト・模試の結果を比較してみると良いです。 相対的に定期テストの成績の方が良ければ推薦入試向き(短期記憶型)、学力テスト・業者模試の方が良ければ一般入試向き(長期記憶型)と言えます。 勉学に限らず学ぶことの習熟度は、この記憶の質が深く関わってると思われます。 短期間に集中的に記憶することが向く””と長期間かけてじっくり習得することが向く””の違い因ると思われること。 また、個人個人の学ぶことへの”姿勢”にも深く関わっているようにも思われます。 とりあえず、覚えてしまおう・・と思う人と、深くしっかり理解できないと前に進めない”性格”というものが関与しているとも思われます。 社会人になった際も、職場・職種によってその適応性は異なると思われます。

 

大学入試に関して言えば、短期記憶型の生徒は推薦入試向き、長期記憶型の生徒は一般入試向きと思われます。 自分がどちらに向いているのか?熟慮しながら大学進学に関する入学方法を決めていくことです。 高校1年時終了後(2年生になる時点で)に決めておくのが普通です。 ただし、定期テストの結果が望ましくない(評価の高い内申書・調査書が望めない)という理由で、一般入試になる場合、その結果は芳しくありません。 望む大学へ推薦入試でも進学できるが、あえて、そこを一般入試にするくらいの”余裕”があれば、理想的です・・・募集人員の多くを一般入試に限る大学・学部もありますが。

 

時代が変われば必要とされる人も替わる。 コンピューターが登場する前は、物知り人間・頭の中に百科事典が入っているような人・今流に言えばWiki人間がリスペクトされてきました。 そして、職業を得ることもできました。 ところが、現在も既にそうなりつつありますが、ロボット・AI がそれら人の労力でやる仕事のほとんどを取って代わることになります。 20年くらい前から言われだした「勝ち組(35歳時で年収1000万以上)と負け組(年収300万以下)」に分かれ、中間層が少なくなる・・・このことは既に現実化している。 AI が本格的に機能していくと、勝ち組・負け組の概念さえも、根底から崩れる。 これまで、人間だけが出来た高度な思考・判断さえもAI がやってしまう。 AI の開発さえもAI がやってしまう・・時代になりつつあります。

 

今現在の格差社会も、その意味合い・構造が変化していきます。

こういう時代の変化を悲観的に捉える人たちも多くいます。 人の仕事がロボットやAI に奪われる。 失業者が多数出る。 一部の大金持ちと多数の失業者を生む。 格差社会どころか、勝ち組さえも存在し得なくなり、社会のシステムが根底から崩れてしまう。 人のいらない社会が生まれ、環境問題なども含め、未来はどうなってしまうのだろう?と。

 

環境問題・テロ対策に関しては悲観的にならざるおえませんが、人間が負ってきた労力の大部分をロボット・AI が担ってくれますから、労働の質も上がるし、時間も短くなる・・と考えるられます。 それでは、余った時間をどう過ごすか?ということになり、より文化的な生活を享受できる時代がすぐそこに来ていると考えてます。 これまでの労働力は、「文化の享受」に貢献するようにスライドしていくと思われます。 政治・環境問題はますます難しくなりますが、AI の登場は大いに歓迎できることと思います。

 

 

推薦入試にせよ一般入試にせよ、 所詮、その人の努力度と(倫理的には最も大切なことですが)真面目さを測っていることに過ぎません。 学校教育の在り方を根本的に変える必要があります。 コンピューターが出てきた時点で知識から知恵を必要とする時代になり、未来は、その知恵さえもAI が取って代わろうとしてます(大容量の情報をインプットすれば、瞬時にAI がその答えを導いてくれる)。 どうすれば、人類が平和にやっていけるか? また、充実した人生を送れるか? 既成概念に囚われない真の教育の在り方が問われる時代になってきてます。 推薦入試・一般入試を問わず、大学はどのような学生を求めているか?入学させるか、社会・会社はどのような人材を必要としてるか?、小学から大学までの教育を通して、大きな転換期を迎えているように思います。